親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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オイラのブラックジャック

今日はガッツポーズの日だとカーナビが教えてくれました。
1974年の4月11日に東京の日大講堂でボクシングWBCライト級タイトルマッチが行われました。
でこの時の挑戦者がガッツ石松。
チャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスにKO勝ちしてコーナーポストによじ登ってとったポーズを新聞記者がガッツポーズと表現したんだそうです。
これがガッツポーズの始まりということで、それはそれでいいんですが、なんでカーナビはガッツポーズの日を選択したんだろう。
この日はメートル法記念日でもあるんですけど...こっちの方が重要な気がするんだが。
もしかしてブログネタ提供が目的だったりするのかも、ってそんなことはないか。

電動丸のこによってズタズタになった足の指のケンを芥川先生は一本一本丁寧につないでいってくれています。
その間ずっと私に寄り添っていてくれたのが河合夕子(似の看護師さん)。
考えてみれば診察台には仕事着のままで横になっていますから結構汗臭かったんじゃないだろうか。
それでもいやな顔するわけでもなく...いやあ、いい人だ。
そうこうしているうちに全てのケンをつなぎ終わったようです。
「それでは縫合に入ります」と例の調子で芥川先生がおっしゃいました。
この時既に麻酔注射は4本打たれていました。
縫合ってどれくらいかかるんだろう...傷口は結構大きかったからな、なんて思ってたらあっという間に終ってしまいました。
数が多い分ケンの方が時間がかかったようです。
縫合が終わりギプスを取り付け包帯でグルグル巻きにされる間ちょっと時計を見てみたら既に10時を回っていました。
6時半から始めてたとしても3時間半、ちょっとした大手術です。
(虫垂炎でも1時間から2時間くらいで終りますからね。)
「とりあえずケンをつなぎましたが、正直これが元通りつながるかどうかは分かりません。仮につながったとしても元のように動くようになるかも保証できません。」
これが芥川先生の診断です。
まあ、仕方ないかな~、つないでもらっただけでよしとしなければなりません。
とりあえずその夜は傷口で菌が繁殖しないよう抗生剤とあとなんかの点滴をして病院にお泊りです。
確かこの時に作業着も脱いで(どんな風にしてズボンを脱いだかは覚えていません)病院が用意した寝巻きに着替えたと思います。
このまま眠れたら良かったんですがギプスの当たり具合がどうもアカンかったんでしょう。
踵(かかと)のところがどうにもヒリヒリ痛みどうにも我慢できません。
仕方ないんでナースコールで看護師さん(この時にはもう河合夕子ではなくて病棟の看護師さんになっていました)を呼んで状況を説明し包帯を巻きなおしてもらいました。
けど、やっぱりどうもあきません。
結局合計4回くらい呼んだのかな、ようやく踵の痛みもなくなり眠りにつくことができました。
翌朝芥川先生がやってきて昨夜と同じようなこと(ちゃんとつながって元通りに動くかどうかってこと)を説明してこれからの入院スケジュールを説明します。
入院?入院せんといかんの?自宅じゃアカンの?
↑ほんま考えの甘いやつです。
今日一日点滴もせんといかんしケンがつながるまでは絶対安静だし(←本当にこう言われた)、第一毎日傷口の消毒をしなければなりません。
そらあ入院せんといかんに決まっています。
軽いショックは覚えましたがまあ自分でまいた種です、そこは我慢せんといかん。
このあと約2ヶ月間の入院生活に入りいろんなエピソードがあるので(この中に例の従軍慰安婦について話をしてくれたおじいさんの話も含まれます)ぜひとも書きたいんですがこのまま書き続けるとあと2~3回こればっかりになるので(もっとかかるかもしれん)足を切った顛末についてはここで終ります。
さて、切れたケンがつながったかということですが、これが奇跡的につながって今は足の指も普通に動かせています。
(これには芥川先生も「ここまで回復するとは思わなかった」なんて驚いていらっしゃいました。自分の技術にもっと自信を持ったほうがいいぞ>芥川先生)
もっとも、切る前よりは稼動範囲は小さくなってしまいましたが、これでも人並みくらいになっただけですからこれ以上を求めるのは贅沢というものでしょう。
けれど今でも怖くてスポーツ全般ほとんどやっていません。
泳ぐ時にもキックなんて絶対にやらん。
そして、これが一番の問題なんですが長時間車に乗っているとだんだん血が下に下がってきて右足の傷口よりも先(つまり指の方)が痛くなってしまうんです。
これはおそらく血管が修復されきっていないので血の巡りが悪くなっているんでしょう。
ということで長時間の運転と、歩行はいまだに辛いモンがあります。
それ以外は普通の生活ができていますから芥川先生には今でも心から感謝しています。
そして早く帰らなければならなかったのに遅くまで残ってくれていた河合夕子にも。
本当にありがとう。
ということで足切った思い出はここまで。
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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