親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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誰かの視点

映画「靖国YASUKUNI」が熱い。
日中合作のドキュメンタリー映画で、監督は中国人です。
あくまでも中立の立場で作り上げたということになっていますがあちこちで問題になっていて上映中止にした映画館もあります。
(っていうか、上映する映画館の方が少ないんだが。)
まず問題になったのは文化庁から助成金が出ていること。
このことで自民党議員が問題視してとりあえずみせてくれといったのが検閲に当たるんじゃないかと一騒動ありました。
検閲とは...
公権力が表現物(映画とか本とかですね)を事前(あるいは事後)に審査して一般に公表して良いか判断することです。
日本でも昭和20年の終戦までは普通に検閲が行われていて戦争反対なんて表現をしようもんならすぐに発売禁止(もしくは放映禁止)になっていたようです。
今でも教科書の検定制度が検閲に当たるんじゃないかという意見があります。
まあ、教科書に関しては教育指導要領の最低限のレベルを満たしているかということを検定するなら問題ないんですが、沖縄戦で自殺指示があったのかとか従軍慰安婦問題を載せるかどうかとかについの対応に関しては納得できませんね。
従軍慰安婦問題について一言。
オイラはこれに関しては軍の関与はなかったと思っています。
従軍慰安婦(という言葉も適当だとは思いませんがね)そのものは存在しましたが、軍が強制して作らせたことはなかったと考えています。
なぜかというと強制しなくてもそういうもの(←今で言うところの風俗ですね)は自然とできたからです。
あのですね、今でこそ売春(あるいは買春)というのは禁止されていますが昭和31年までは禁止されていませんでした。
ですから戦争中にそういうことがあったとしてもそれは歴史的に仕方のないことだったんです。
(女性にとってはいやな過去だとは思いますがそれが事実なんでそこは受け入れていただきたい。)
オイラが足切って入院していた時に太平洋戦争でビルマかどっかに行ったことのある人と病室が一緒だったことがあります。
その人の体験談なんですが、日本軍が侵攻した場所にキャンプ地を作ります。
そういう場所では夜になると現地の女性が春を売りにくるわけです。
そういう女性を相手にするのは軍規で禁止されていたらしい。
ですが長いこと女性と接していないとやっぱりその誘惑には負けてしまう人も多くいたという話です。
この体験談が本当なのかウソなのか...おそらく真実でしょう。
だって、入院先でウソを言う理由が分からん。
本当の話だとしたら当時の軍がわざわざ従軍慰安婦を招集しなくても民間で自然とできたというのは当然の成り行きでしょう。
では軍の関与がなかったのかというとそれはあったはずです。
民間の慰安所ですから何らかの問題があったかもしれません。
そういう問題がないように指導していたのが軍だったとしたらそれは明らかに軍の関与です。
ですから従軍慰安婦問題に関しては軍が積極的に作ったもんではないが軍の関与はあったというのが私の考え方です。
異論はあるかと思いますがそういう方はちゃんとした資料を元に反論をしてください。
ということで慰安婦問題に関してはここまで。
う、ちょっと熱く語りすぎた。
えっと映画の話でしたね。
客観的に、中立に作ったと表向きはなっています。
でもね、客観的なんてありえないんですよ。
誰かが編集をした時点で客観的ではなくなるんです。
どういうことかと言うとですね...う~んと、どれで説明しようか。
例えばですね正岡子規の有名な俳句に「柿喰えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」というのがあります。
いまここでこの句をそのまま全文書いていますから、これは全くの手付かずで、つまり客観的だということになります。
(正確に書くなら子規がこの俳句を詠んだ時点で客観的ではなくなっているんですがそれはこの際置いといてください。)
しかし、この俳句ちょっと長いからちょっと短くしましょうっていう話になるかもしれません。
で、とりあえず「柿喰えば 鐘が鳴る」としてみました。
なぜ法隆寺を消したのかというとという単語が秋を表現しているし、鐘が鳴るが空間の広がりを表しているからこの際あってもなくてもいい法隆寺を消したわけ。
とまあ、これが編集作業です。
これに私独自の視点が入っていないかというと立派に入っています。
法隆寺よりも鐘の音の方が重要だという考えが入っています。
つまり誰かの手によって編集されたものというのは、要るもの要らないものの取捨選択という工程を経ているという時点で既に客観的ではありえないということなんです。
内容が右寄りか左寄りかなんて知ったこっちゃあないですが、絶対に監督の主観が入っている...これは間違いのないこと。
だから靖国 YASUKUNIが客観的視点で描かれているなんて、そんなことは絶対にありません。
それからもう一つ。
この映画の場面で靖国神社の刀を作るシーンが撮られているんですが刀鍛冶職人は「いや、もう刀鍛冶の技術の素晴らしさを美術として残したいので是非とも匠のドキュメンタリーとして撮影させてもらいたい」なんてお願いされたらしいが実際は靖国 YASUKUNIのワンシーンになってしまっている。
この時点でこの映画がみるに値する作品かどうかは判断できると思いますがね。
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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