親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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チョビットだけ

曲学阿世(きょくがくあせい)
真理を曲げて世の中に迎合するようなことを言うこと。
出典は「史記」儒林列伝
阿世曲学という言い方もします。
阿という字はおもねると読みますが気に入られようとするという意味です。
阿弥陀如来も阿という字が使われていますがこれは元々のアミターという読みに当てただけだと思います(多分)。

さて、中国でとんでもないことが起こっています。
チベット自治区で暴動が起こって10人が死亡したと報道されています。
最初は僧侶のデモだったんですがこれに民衆が加わりそのうちに暴動に発展したらしい。
暴動に至った経緯もなんか問題がありそうなんですが、今日はチベットについて書きましょう。
チベットというのはひとつの国だと思っていらっしゃる人もいるかもしれませんが中国南西部に位置していまして中華人民共和国の一部です。
そこはチベット自治区と呼ばれており私たちがチベットと言う時はたいていの場合、このチベット自治区のことです。
しかし、ちょっとややこしいんですが本来のチベットというのはこのチベット自治区とブータンとインド、ネパールの一部。
なんでこんなややこしいことになっているのかと言うと簡単に言えば領土問題と、中国との関係。
昔からチベットは中国(昔はと言っていましたが)から攻められていました。
で、清朝から支配されていた時代もあったんですが、1912年に清が滅亡すると独立を宣言しました。
したんですが他の国からは認めてもらえなかったようです。
まあそれでも40年ほどはある程度独立国として振舞っていたんですが1951年、中国に軍事侵攻され併合されてしまいます。
この時に逃れたチベット亡命政府はインド北部にあります(がインドはなんも言わんのか?)。
その後中国政府によって弾圧され今やチベット民族と漢民族の数は逆転してしまっています。
チョー簡単に書きましたがそういう不幸な歴史の場所なんですね。
チベットと言えば忘れてならないのはダライ・ラマ
昔からチベットのいろいろな出来事の背景にはもダライ・ラマ信仰があります。
そもそもダライ・ラマとはなんぞやと言うところなんですが、オイラもはっきりとは知らん。
ということで調べてみました。
ダライ・ラマというのはチベット仏教の最高指導者ということになっています。
で、これは名前ではなくて称号ですな。
簡単に言えば総理大臣みたいな感じでしょうか。
(総理大臣とは比べ物にならないくらい威厳もあるし尊敬もされていますがね。)
1世は、って言うか最初にダライ・ラマの称号が与えられた時代は14世紀。
最初は本当に名誉称号みたいな感じで周りからそこそこ尊敬されていた学僧だったようです。
今のように崇拝され政治的にも力を持つようになったのは5世からで1642年にチベットの最高指導者になります。
(この時にできたチベット政府をカンデンポタンといいます。)
以後14世の現在に至るまで宗教上でも政治上でもチベット民族のトップであり続けています。
さて、このダライ・ラマどうやって選ばれるかご存知ですか。
その子どもが継ぐなんてことはないし、選挙があったり、昇進試験があったりするわけじゃあございません。
以前テレビかなんかでやってたんですけどね、あれです、ある意味占いみたいな感じです。
ダライ・ラマが亡くなると高僧が、次のダライ・ラマの生まれる場所とか予言するわけですな。
そしてその地方に行きまさにその予言に合致する子どもを見つけます。
で、ここから先代ダライ・ラマに関するテストをして見事合格するとダライ・ラマの生まれ変わりとして育てられることになります。
チベット仏教では輪廻転生説が信じられていまして、ダライ・ラマに関してもその魂を引き継ぐために生まれ変わりを探すんですね。
でもあれだな、ダライ・ラマ認定された子どもにしてみればテストなんてただの当てずっぽうで答えただけなのになんか合格しちゃって一杯勉強もさせられてみたいな感じでえらい迷惑だと思うんだけど。
やっぱそれって小市民的な考えなんかね?
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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