親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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思い出の手紙

判官贔屓(ほうがんびいき)
弱い方、不利な方に同情して肩入れすること。
「はんがんびいきとも読む」なんて書いてあるのもありますがここは絶対にほうがんと読んでほしいですね。
ここで判官というのは源義経のことで別名源九郎判官義経とも呼びます。
義経の事をこう呼ぶなんてのを始めて知ったのは中学生の頃。
そう、落語のお陰でございます。
落語の噺に「青菜」というのがありまして(上方で生まれた噺らしい)植木職人がとあるお屋敷で仕事の途中休憩をしているところから始まります。
おそらく季節は初夏、植木職人と屋敷の主人のやり取りから気候や庭の広さ光景が眼に浮かんできます。
このあたりは演者の腕の見せ所です。
そんな場面での会話
「時に植木屋さん、菜はおあがりかい。」
植木屋が大好物だと言うとここの主人、奥方様に菜を出してくれと頼みますが次の間から奥方様が出てこられて
「旦那様、鞍馬山から天狗が出まして、名を九郎判官。」
すると旦那様
「そうか、義経にしておけ。」
この会話聞いてもポカーンとしてしまいますがこれはちょっとした洒落です。
奥様のことばは「旦那様が今おっしゃった菜(名)は食べてしまって(九郎と食らうの洒落)ありません。
で、だんなの答えは「そうか、それならよしておこう(義経にしておけ)」ということですね。
この部分がオチだということではないんですが中学生の頃この噺を知っていたく感心した覚えがあります。
こういう思い出も含めてやはり判官贔屓ほうがんびいきと呼んでほしいわけです。

私はイケメンで音楽もやるし水泳も結構いけます。
神様から二物も三物も与えられているへいたですがさすがに四物目はお忘れになったようです。
字が下手なんですよ。
こういう時ってたいがい謙遜して言うもんなんですが本当にへたくそなんですよ。
容姿と字の美しさが反比例するって言われますが本当ですね~。
(↑誰もそんなこと言っていません!)
今でこそ年賀状の宛名書きもパソコンでザーッと出来るようになりましたが20年前といったら本当に手書きでしたからね。
もの書くのが大好きな私が筆不精だったのは字がへたくそだというのもあったんです。
(だから皆さんも筆不精の人を責めるのはやめてくださいね...ってそんなに責める人はあんまりいないと思いますが。)
そんな若い頃のことを毎年この時期の思い出します。
そう、あのCMです。
新年を迎えてひと月ほど毎日のように流れるCMといえば、ペン習字講座の案内。
おそらく年賀状の宛名書きで自己嫌悪に陥る人がたくさんいるんでしょう。
この時季になるとペン習字だけではなくボールペン字の講座案内もたくさん流れます。
実は...告白しますが...カミングアウトしますが...ザンゲしますが(しつこ過ぎ)、以前私はボールペン字の講座の案内を取り寄せたことがあります。
(キャー!言っちゃったー!)
何だ、あれ頼むとですね、えらく達筆な自筆のお手紙が来るんです。
もらったこちらが恥ずかしくて生きていけなくなるような美しい字です。
(悪いことは言いません、気の弱い方は絶対に案内を取り寄せないで下さい。)
2~3回くらい勧誘の手紙が来ましたがなんとか踏みとどまりました。
今思ってもなぜ申し込まなかったのか分かりません。
正直今でも習字を習いたいと言う気持はわずかではありますが持っていますし、年賀状の宛名書きの苦痛はなくなっても結婚式や葬式などで自分の名前を書かなければならない場面は結構あるものです。
それでもなぜか一歩を踏み出さない、もしかするとわたしは自分自身の字が好きなのかも知れません。
決してうまくはありませんが丁寧に書けば少し味があります。
下手だけれど味のある字にいつのまにか愛着が生まれているのでしょう。
よく言うじゃありませんか。
美人はいつか飽きるけれどブスは三日で慣れる、って...ちょっと違うか。
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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