親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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薄れた記憶

今日は十月十日、目の愛護デーですね。
ちょっと前だったら体育の日というのがメインだったんですが変わっちゃったからな~。
ということで調べてみると今日は結構いろんな記念日だったりします。
参考にさせてもらったのは日本記念日協会のサイト、ありがとう!
ズラーッと並んでいるのを数えると目の愛護デー以外に15あります。
ちょっと見てみましょう。
「転倒予防の日」由来は皆さんご想像のとおりです。
「お好み焼きの日」焼く音がジュージューだからだそうですが、だったら焼肉でも焼きそばでもええんちゃうん?なんて考えるのは私だけ?
「まぐろの日」山部赤人がこの日にまぐろの歌を詠んでいるところから。
短歌だったらここで全文紹介できるんですがなにせ長歌ですからね、今日のところは割愛させていただきます。
では最後に記念日協会のサイトにはのっていないやつ。
「萌えの日」なんのこっちゃ?と思うかもしれませんが、下見ればわかるはず(ですが環境によってはわからないかもしれませんのであしからずご容赦ください)。
十十
日月
どうです、という字に見えませんか?
だからどうしたという感じですけどね。

ということで母方の祖母フデの話の続きです。
もうひとつ、ずーっと心の中に引っかかっていることがあるんです。
フデの家までは私の家から車で10分くらいのところでした。
で、昨日書いたひとつ上の従姉妹は車で30分くらいのところに住んでいました。
まあ、それはいいとして運動会といえば普通はおじいちゃんおばあちゃんが来るものです。
我が家はおじいちゃんは既にいませんでしたからまあいいとしておばあちゃんです。
父方の祖母ヨネは昨日書いたように入院していましたから無理。
では、残ったフデはどうしていたかというと同じ日にやっていた従姉妹が通う小学校の運動会のほうに行っていたんです、しかも毎年。
小学校も低学年の頃は何の疑問も感じていませんでしたが学年が上がるにつれなんかおかしいと思い始めたわけです。
それである日思い切って母に尋ねたところ、一人っ子だからしようがないという答えが返ってきました。
確かに従姉妹は一人っ子...なんにも言い返せません。
いつもワイワイとにぎやかで仲の良さげな一族なんですが私は何かと我慢を強いられてきました。
その我慢は親戚からではなく母から強いられたものです。
祖父が亡くなってからずーっと父親代わりだった長兄に気を遣っていたのかそれとも私への躾のつもりだったのか、いずれにせよその頃から私は母方の親戚とは距離を置くようになりました。
いつでも自分が我慢をしなければならないと思った時私は人と交わるのを避けるようなってきたのです。
フデが亡くなっても母の兄弟は相も変わらず何かと集まりたがります。
叔父叔母が悪いわけではないのですがその集まりの中に一緒にいるのは苦痛でしかありません。しかし例え他のいとこが参加しなくても私だけ参加しています。
あれだけ距離をとっていたのにおかしな話なんですが、小さい頃から一緒にいることを強要されていましたから自分が参加することが義務であると思い込んでいるのかもしれん。
私の中のフデの記憶は強制的に参加させられたという思いのために私の頭の中から消去されてしまったのだろう、悲しいけれど。
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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