親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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夢のリクエスト

敬老の日はとうに過ぎてしまいましたが夢の中に母方の祖母が出てきたので今日は祖母のことを書きたいと思います。
母方のほうは以前一回書きましたが自分自身の中のわだかまりも含めてもう一回吐き出してみたい。

私は祖父のことを知りません。
父方のほうは私が生まれる半年前、母方のほうは母がまだ小学生の頃(おそらく昭和20年代)に亡くなっています。
(不思議と父方の曽祖父母は結構な長生きでしたので何回か話をしたことがあります。)
父方の祖母ヨネは私が物心ついた頃には精神障害(まだ小さい頃父に聞いたら精神薄弱と教えてくれましたが現在ではそんな言い方はしませんので精神障害としました)で病院に入院をしていました。
私が中学生くらいの時に一回だけ退院して一ヶ月ほど同居しましたがまた入院してしまいました。
ですからヨネに関しては一緒に何かをしたということはなく、ほとんどが精神病院内で面会をしているという記憶しかありません。
その病院は今は改築されて結構開放的な感じになっていますがその頃は鉄格子の扉を三箇所通らなければ面会室に行けませんでした。
その面会室にも鍵がかけられていましたから両親と一緒だとは言え小さい頃はかなりの恐怖心を抱いていたのを覚えています。
これ書くとちょっとまずいかもしれないんですが、私達が面会に行くと他の入院患者の方が寄ってきて手を伸ばしたりするんです。
これも幼心に怖かったんですけどね、今考えるとやっぱり小さい子どもというのが愛しかったんじゃないな~。
ウチは結構面会に行ったほうだと思っていますが他の家族ってめったに見なかったから外部の人間が珍しかったというのもあるかもしれません。
まあ、何回も面会に行くうちにこちらも慣れてきます。
で、高校生になった頃かな、患者さんの中に可愛い人がいたんですよ。
その人が私達が面会しているところに入ってきてちょこんといすに座ったんですがまたその人が短いスカートをはいてるんだ。
こちらはまだ純情な男子高校生ですからそらもうたいへんです。
ヨネとも話をしなければならないし、その娘のことは気になるし...いや~参った。
っと、話がそれてしまいましたがそういう風に育ってきましたから世間一般の人よりも精神障害のある人に対する偏見というのはないほうだと思っています。
ですからウチの太郎(小5)がアスペルガー症候群だと診断された時にはそれほど驚かなかったし逆に早く分かってよかったという気持ちのほうが強かったですね。
そんなわけで父方の祖母ヨネに関する記憶というのはこんなところですけど、まあ仕方ないですね。

さて、次は母方の祖母フデのことです。
フデは祖父が自転車屋を経営していたこともあり祖母の年代では珍しく自転車を乗り回していました。
フデの家から近所の魚屋に行くのに結構な坂道があるんですがそこを自転車から降りることなく上りきっていましたからかなり元気なおばあちゃんでした。
以前書いたようにフデの子ども達(要するに私の叔父叔母)は何かあると集まりたがっていましたからフデの家に行く機会も多くよく話をしていたような気がします。
ただ、遊んでもらった記憶はないですね。
ひとつ上の従姉妹がいてその娘とばっかり遊んでいましたからフデはその近くで何か仕事(野良仕事だったり針仕事だったり)してたんじゃないでしょうか。
結構行き来があったし優しかったフデなんですが私には余りいい思い出はありません。
さっきも書きましたがフデの子どもが集まるとその子どもも含めて結構な数になります。
そうすると私の居場所がなくなりその場から逃げ出したくなるんです。
大きくなっていくごとにその傾向は強くなりついに家に歩いて帰ってしまったこともありました。
しかしさすが私の母です、そんな行動なんてお見通しなのですぐに呼び返されてしまいましたけどね。
なんかだらだらと書いてしまって申し訳ありません。
まあ、こんな思い出話もたまにはいいでしょう。
てなわけで、フデのことに関してはもうちょと書きたいこともあるので続きはまた明日。
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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