親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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何語だ

木で鼻をくくる(きではなをくくる)
無愛想で冷たく接すること。
もともとは「木で鼻をこくる」だったんですがこするという意味のこくるが間違ってくくると使われたまま一般化したものらしい。
私もおかしいと思っとったんですよ。
だって、木で鼻をくくるってどういう状況だって思いませんか。
木で鼻をくくれるかどうかということはこの際置いといてなんで鼻をくくらなければならないのか。
日常生活において鼻をくくる状況って絶対にないわけです。
だから変な慣用句だなぁとは思っていたんですが、間違って使われていたと知って納得。
何でも調べなければ分からないもんですね、って木で鼻をこする状況ってなんだ?
ということでこれも検索。
昔は紙が高級品だったので貧乏人(一般庶民)が鼻をかむっつったら手ぬぐいなどの布類を使うか手鼻を切るしかなかったようです。
説明しよう。
手鼻を切るとは鼻の片方を指で押さえてもう片方の鼻から鼻水をフンッと地面に飛ばす行為のことです。
結構テクを必要とします。
お下品な技なのでよいこの皆さんは真似をしないようにネ。
話を元に戻します。
でちょっと思い出したんですが昔の子どもが木の枝...柔らかい小枝かなんかですけど、これを使って鼻を拭いていたような映像か絵を見たような記憶があるんです。
鼻をかむために木で鼻をこするという行為自体は多分あったのでしょう。
しかし紙で鼻をかもうが木の枝で鼻をこすろうが愛想よくはできませんよね。
どちらもまあ、無愛想にしかできない行為。
だから木で鼻をこするのほうだけをあえてとりあげる理由はありません。
ということでこっからは推測するしかないんですが、おそらく木で鼻をこするという行為をする人と実際に鼻水が出ている人は違うのではないでしょうか。
分かりやすい例をあげると、鼻をたらしているのが子ども、でこするのがその親。
とすれば鼻をたらしている子どもの鼻を小枝でこすっている親の絵が浮かびますね。
ある意味ほほえましい絵ではあるんですが柔らかい小枝であっても木は木。
紙や布に比べるとやはり結構硬い。
そういう物で鼻をこするとまだ柔らかい子どもの肌には余りよろしくないですな。
というようなことで子どもの鼻を親が木でふくというのは心の冷たい行為と見たのかもしれません。
以上私が考える木で鼻をくくるの語源でした。
後半部分はあくまでも私の想像ですのでまあ、話の種ということでよろしくお願い致します。

今日は慣用句解説で半分以上も使ってしまった。
以前本文だったかコメントだったかで言葉のあれこれを考えるのが面白いというようなことを書いたような記憶があります。
語源なんかも知ったりするのは楽しいですね。
例えば鹿児島地方にとぜんね(とじんね)という言葉があります。
なんとなく寂しいとか言う意味ですが、熊本、土佐ではとぜんなか、宮城だととぜんだ、という具合に南北関係なく地方に行くとあるようです。
これは結構有名なんですが古語の徒然(つれづれ)なりが語源です。
徒然は音読みだととぜん
これがそのまま地方に残ったんですね。
あとですね、最近では広く知られるようになってきたと思うんですがラーフル
黒板けしのことです。
この言葉は鹿児島全県、宮崎県北部を除く全県、あと兵庫の一部とか愛媛とかでも使われているようですね。
学校の先生やなんかが普通に使っていましたから方言であるという認識はないと思います。
(つまり標準語だと思い込んでいる。)
公文書にも登場しますからこらあ根が深い。
語源はオランダ語のrafel(布のほつれ)ではないかといわれています。
この言葉については詳しく解説されているサイトもありますので興味のある方はぜひそちらも参考になさってください。
ということで今回はここまで。
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