親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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キューマンよ永遠に

久間章生(きゅうまふみお)さんが辞めましたね~。
久間さん(以下敬称略)というのは防衛省の大臣です。
辞めた理由は…失言。
6月30日に千葉県柏市での講演の中で「アメリカが日本に原爆を落としたのはソ連が日本を占領しないようにだし、まあ、原爆のお陰で早く戦争も終わったし、多くの人が犠牲になったのもしようがないかな~なんて(笑)」みたいなことを言ったらしい。
これきいた原爆被害者はもちろんのこと野党もいっせいに反発して「テメエ辞めやがれ!」なんてことになったわけさ。
久間も最初のうちは「そんなんあんたらの解釈がおかしいからや、ウチ謝らんで~」などと言っていましたが野党だけではなく与党の中からも「今辞めないと参議院選挙で大負けするジャン!」という声が出てきたために(久間のことがなくても大負けするだろうけどなw)辞めることを決めたんだとさ。
でもねぇ…本当はもっと早く、そう今回の失言など関係なくもっと早い段階で辞めるべきだったんですよ。
な~んでか。
それでは久間の歴史(というほどのことはないが)をみてみましょう。
1971年4月から9年間県議として働きます。
1980年5月長崎1区から衆議院議員総選挙に出馬し初当選。
2006年9月安倍内閣防衛庁長官に就任。
2007年1月 防衛省発足に伴い、初代防衛大臣に就任。
そして今日の辞任となります。
これみてても私が「もっと早い段階で辞めるべきだった」と書いた理由はみえてきません。
実はいろいろ問題発言やらなんやらがあるんですよ。

非公式事件
ちょいとタイトルがおかしいですね。
あのですね、2006年12月7日参議院の外交防衛委員会で「(あの頃の)小泉首相がイラク戦争を支持したのは実は公式ではないんですよ」みたいなことを発言したんです。
イヤイヤイヤ、じゃあ小泉さんが自衛隊を派遣したのはどういう了見だったんだい?なんてぇ話になるじゃありませんか。
(当然のことながら翌日訂正をしましたが)
そして同じ日に「私も沖縄を占領したでしょうねぇ」と言ってしまいました。
なんか他人事なんですよねぇ。

ブッシュは間違えとる事件
2007年1月25日の記者会見で「イラクに大量破壊兵器(ぶっちゃけ核兵器のことでしょう)があると決め付けて攻撃を決めたブッシュ大統領の判断はまちがいだった」なんて暴言を吐きやがった。
あのね、飲み屋じゃないんだから同盟関係にある相手の国のトップのことを大臣が批判したらイカンだろ。
しかも防衛大臣です。
この後、久間がアメリカから相手にされなくなったことは言うまでもありません。

まだ生きてるのに…事件
まだ記憶に新しいですが長崎の伊東一長市長銃撃事件が起こったときの話です。
「本人が死んだら、選挙の期日に関わらず補充の候補を受け付けるようにするべきだ」と発言しました。
実はこのときにはまだ死亡確認されていませんでした。
死んだと分かったわけでもないのになんで死んだという前提で話をしてしまったんでしょうかね。
本当に人の心を考えない人です。

とまあ以上のようにこの人の場合失言が非常に多い。
信念に基づく失言(まあ、この場合は失言というべきではないだろうが)ならまだしも、彼の場合はついうっかりというパターンなんですよ。
だから最初の非公式事件の時に辞めさして要職につかないようにすべきだったんです。
それをアンタずるずると続けさせてしかも防衛庁から防衛省に昇格したイッチャン最初の大臣という名誉まで与えてしまって。
久間にはよかったかもしれんが防衛省にしてみれば記念すべき初代大臣が失言で辞任だなんてとんだケチがついたモンです。

失言といえば太郎(小5)の口癖は「だって花子(小2)が…」です。
そこ片付けとけよ、と注意をすれば「だって花子が…」。
風呂掃除しろよ「だって花子が…」
果てには、自分が食べ残したのですら「だって花子が…」と言ってしまいます。
ここまでくると当然親である私達夫婦から叱られることになるのですが。
それが分かっていて失言を繰り返すのをみると、久間と太郎って同じレベルなのかもしれません。
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