親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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可能性を伸ばす

過ちて改めざる 是を過ちと謂う(あやまちてあらためざる これをあやまちという)
間違ったことに気づきながらそのことを改めないのが真の過ちだという意味ですね。
「過ちて...」が「過ちを...」になっているのもあります。
「論語」のことばだそうです。
実際にこういうこと多いですね、
ふだんの生活の中でならまだしもこれが仕事関係でしかも人命に関わることだと「これを過ちと謂う」では済まされません。
人間誰しも間違いを認めたくないものです。
それを素直に認められるかどうかで人間性がわかります。
...私まだまだです。

残業続きの一週間を乗り越え訪れた静かな土曜日。
午前中に用事があったんで早々と済ませ、その後久し振りにゆっくりさせていただきました。
まったりした気分の午後は芸術鑑賞を。
ということで久し振りに花子(小2)のピアノの練習についていきました。
私はピアノを専門的に習ったことはありませんから比較のしようもないんですが行ってびっくりしています。
練習一回目にして右手と左手のコンビネーションをやっているんですよ。
私の考えでは右手と左手のそれぞれの練習をしてそれがなれた頃に初めて両手のコンビネーションプレイにはいるものだと思っていましたがそうではないようです。
初歩の初歩の頃から両手で同時に弾くということを重視しているようです。
それだけでもビックリなのに大人でも間違いそうなリズムパターンをラクラクこなしている我が娘がここにいます。
けっして親バカではなく「こいつただものではない」と感じましたね。
(独学での)音楽活動歴30年、バンド歴24年のへいたです。
どんなのが難しいか、やさしいかくらいはわかります。
この娘の驚くべき才能を目の当たりにして私は考え込んでしまいました。
こりゃ一体どういうことなのか。
私も妻も天才型人間ではありません。
しかし花子は初見の譜面でも30秒くらいで弾けるようになってしまう。
(↑見た目はチョーやさしい譜面ですが素人が弾くのにはちょっと難しい)
いろいろ考え抜いてようやくわかりました。
花子は保育園で和太鼓演奏をしていました。
和太鼓をやっていたのならば右手と左手のコンビネーションは慣れています。
そして、友達に習ったり自分で音をとったりして保育園のオルガンでいろんなメロディーを奏でていました。
ある意味ながーい下積み時代があったんですね。
花子も親同様やっぱり天才ではなく努力型でした。
花子が努力家だと自慢したいわけではありません。
花子の才能を出せるような機会を与えてくれた保育園に感謝しているのです。
太郎と花子が通っていた保育園では英才教育はしていませんでした。
そのかわりほとんどのものが自由に体験できました。
私が中学生の頃の音楽の先生がまさにこれで、壊さない限りは音楽室の楽器を自由に弾いて良いという方針でした。
家にギターを持たないのにギターを弾きたかった私はほとんど毎日昼休みは音楽室に通いギターの練習をしました。
私は今、この音楽の先生に感謝しています。
もしこの先生がいなければ今の私はいなかったでしょう。
子どもの才能を伸ばすのは英才教育ではなくいろんなことを体験できる環境だと断言します。
そのためには地域社会の支えが必要なのは言うまでもありませんが。
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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