親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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こいのぼりの不思議

一週間ずーっと残業だった...。
こんなに忙しくなるんなら九連休なんてやめてほしいと思うのは私だけ?
そんな贅沢なこと言うもんじゃない!なんてことばも聞こえてきそうですね。
明日はゆっくり休むことにしよう。
まあ、残業云々は別にしてここ九州は昼の間は天気が良ございました。
昼休みなんかあんまり気持ちがいいんで鼻歌が口をついて出てくるわけです。
鼻歌なのに口をついて出るなんておかしいと突っ込まないでくださいね。
まあ、それくらい気持ちがよかったということですから
て、そのときの私のチョイスは時節柄「こいのぼり」。
やねよーりーたーかーい~」のほうではなくて「いーらーかーのなーみーとー」のほうです。
因みに前のほうは昭和6年、私がチョイスしたほうは大正3年の作品です。

 甍(いらか)の波と雲の波、
 重なる波の中空(なかぞら)を
 橘(たちばな)かおる朝風に
 高く泳ぐや鯉のぼり

3行目の「橘かおる」を人の名前だと思っていたのは私です。
あ、断っておきますけどそれは小学生の時のことですからね。
今は立派な大人ですからそんな勘違いはしません。
思い違いといえば「母を訪ねて三千里」のオープニングテーマの一節です。

 ポンチョに夜明けのかぜはらませて

「かぜはらませて」の部分は漢字では「風孕ませて」、文字通りポンチョが風を受けて膨らむ様子を歌詞にしているんですね。
なぜか分からないんですが「カゼハラ ませて」と思っていました。
「カゼハラ」というものが「ませていた」と頭の中で組み立てていたんです。
「カゼハラ」が「ませて」いる状況なんて想像できませんでしたが(今だったら「ませて」の意味はわかりますが...)中学生の頃までそういうふうに思い込んでいました。
頭の悪い少年時代をすごしていたモンですよ。

あ、思い違いの話ではなく今日は昨日の予告どおりこいのぼりの話。
で「甍の波と~」と口ずさみながら「そういえば昔は梅雨の頃にこいのぼりを飾っていたんだろうな」と思ったんです。
そして「なんでそんなビチョビチョになるような頃に飾ったんだろ」という疑問も浮かびました。
で、こいのぼりの起源を調べてみると今の原型が登場するのは江戸時代になってから。
江戸時代の暦はもちろん太陰太陽暦、いわゆる旧暦です。
旧暦はこのブログでも何回か紹介していますが、今の暦から約一ヶ月遅れると思ってください。
新暦では今5月ですが旧暦ではだいたい4月です。(因みに本日は旧暦3月25日)
ということは今の6月くらいに端午の節句を祝ったわけですね。
武家の家庭で鎧兜を飾ったり幟を立てたのが始まりと言われています。
それを江戸の商人がまねて吹流しを立てるようになりそれにいつの頃からか鯉の絵を書くようになりました。
紙からより破れにくい油紙、を経て今の形になったようです。
この辺り詳しく解説してくれているサイトがないのでここからは私の推測です。
今のこいのぼりが全国的に広まったのはおそらく新暦が採用された明治以降のことでしょう。
こいのぼりがいかに丈夫になったとは言え雨の中に立てておくのは避けたいもの。
もし立てたとしても梅雨に入る前にさっさと片付けてしまったのではないでしょうか。
ですから明治以前、端午の節句にこいのぼりが元気に泳ぐと言う姿はあまり見られなかったかもしれません。
5月の風に泳ぐ鯉を見てるといかにもこの季節にふさわしいと思いますが、こいのぼりの歴史を考えると「お前も大変だったんだねぇ」とねぎらいの言葉をかけたくなってしまいますね。
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

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