親父のトホホなつぶやき

夫婦に子供二人というごくありふれた我が家の日々の出来事を、父親が情けなくつぶやきます。

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知らなかった「とき」

落語をもっと楽しもうという番組をこの間紹介したばっかりなのに来週で最終回だと知ってかなりへこんでいるへいたでございます。
おまけに今夜は妻が子どもたちつれて実家に帰ってしまいましたので今夜は一人ぼっちなんでございますよ。
一人ぼっちといえばやることは....そう、「一人鍋」。
3人前の鍋を一人で完食するという非常に身体によろしくない夕食になるわけです。

ちょっと古い話になりますが妻がインターネットを見ていて「落語通検定ってあるんだって」と言うんですね。
それでどんなのか聞いたんですよ。
3級「基本的なことが分かっていて有名な落語家を知っている。」
2級「落語に関してある程度知識があり、寄席に出ている名の通った落語家やよく知られている落語がわかる。」
1級「落語に関しての造詣が深く、同じ噺でも演者によって受ける印象が変わるのを楽しめる。」
とまあこんな内容だったので2級くらいだったらいけるかな~でも自信がないから3級から受けてみようって言ったら500円もかかるんですよ、みなさん。
なんで落語なんてこっぱずかしい、いやいや、恥ずかしくありませんよ、ええ。
落語通検定受けるのに500円もかけるのはねぇ。

実は私若い頃、と言っても小学校の5年生から中学校2年生くらいの頃ですがね、落語が大好きで夢中になっておりました。
ちょうどその頃春風亭小朝という落語家さんが先輩方を36人も抜いて真打昇進をしたということで大変話題になっていましてね、そのこともあって私も落語家になろうかな~なんて思っていたんです。
それこそ夢中になって落語の本を読みふけったもんです。
その大好きな落語の中に「時そば」という名作がございます。大阪では「時うどん」というんだそうで。
この「時そば」の粗筋をかいつまんでお話しますと、

ある夜、そば屋の屋台に一人の客が現れやたらとそば屋の器やら汁やらそばやらをほめまくる。いざ御代をとなって
「へえ、16文でございます」
「オウ、細けえのしかねえんだ。ひとつずつ数えるから手出してくんねえ。ひい、ふう、みい、よ、いつ、むう、なな、やあ、今なんどきでえ」
「へえ、ここのつで」
「とお、十一......十六と、じゃあごちそうさん」と、うまくお代をごまかした。それをこっそり見ていた別の男、つまりこの落語の主人公ですね、この男が俺もやってやろうってんで次の日の夜、別のそば屋台に行って同じようにほめるがどうもうまくいかない。しようがないからお代をとなって
「オウ、細けえのしかねえんだ。ひとつずつ数えるから手出してくんねえ。ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、今なんどきでえ」
「へえ、よっつで」
「いつ、むう、なな......」というのがオチなんでございます。

「今なんどき」「ここのつ」とくるはずだったのが「よっつ」と答えられて、そのまま続けて数えてしまうところが面白いんですね。
私が初めてこの話を聞いたのは小学生の頃でした。
江戸時代の時間というのは今と違って一日を12に分けて「暮れ六つ」とか「明け六つ」とかいう数え方をしているのはその頃から知っておりまして、「時そば」という噺を聞いてもなんの違和感なく笑えたんです。
でもちょっと頭のいい子なら不思議に思うはずなんです。
「待てよ、なんでここのつとよっつを間違うんだろう?」
そうなんです。
今の感覚で考えると9と4とではえらい違いで間違うにも程があるだろうと言いたくなるような間違い方でございます。
江戸時代は一日を12に分けていまして一時(いっとき)というのはだいたい2時間くらい、ここのつとよっつではいつつ違いますから10時間も間違えていたことになります。
昼間と夜中くらいの差でございますからね。どんなにぼんやりしている人でも間違いようがない。
ネ、よーく考えたら不思議な話なんでございますよ。
残念ながら私はあまり頭がよろしくなかったのでそういうことに全然気が付きませんでした。
しかも恥ずかしい話なんですが私40になるまで江戸時代の正式な時間の数え方を知らなかったんです。
年を経ること30年弱ある晩のこと、テレビを観ていました。
その番組では江戸時代の時間の数え方ついての説明をしていました。
一日を12に分ける例のあれですね。
午前零時を中心として前後1時間は子(ね)の刻、そして午後零時を中心としての前後1時間は午(うま)の刻。
で、子から始まってだいたい2時間毎に十二支が順番に割り当てられています。
こっからなんですよ大事なところは。
まず子の刻を九つとするわけです。
そして九つから2時間毎に八つ、七つ......と四つまで順番に下がるんです。
そう、下がるんですよ。
時間は経つのに数字は下がるというだけでも驚いちゃいますがそれがなんと、お昼十二時つまり午の刻になると、あーら不思議また九つから始まって四つ(亥の刻つまり夜10時頃)までこれまたひとつずつ下がっていきます。
何とも中途半端なときの数え方なんですが、私これをテレビで観ていてあの時そばの噺を思い出したんですネ。
「時そば」という噺の中では四つというのは21時から23時、九つというのは23時から25時(午前1時)。
つまり四つと九つとは、お隣どうしだったんです。
ですから主人公は10時間も時間を間違えてたんじゃあなくて、せいぜい2~30分だけ早くきちゃったな~ってえことなんですね。
ものすごくぼんやりしている人の話ではなくてちょっとだけつめが甘いうっかり屋さんの話なんだなということがこれで分かったわけです。
この時間の数え方が分かっているのといないのとでは主人公に対する印象が全然違うものになるんですね。
基本中の基本である江戸時代の時間の数え方もちゃんと分かっていなくて落語好きを自認していた自分が恥ずかしゅうございます。
落語通検定を受けなくて本当に良ございました。
「いやあ、あなたじゃなくても落語通検定にはどなたも通りませんよ」
そらどうしてだい?
「相手が落語だけに、必ずオチます」

うまい!......か?
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テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

コメント

落語は良い

落語っていいですよね。
なんて言うか【粋】です。
多分、誰かと喧嘩した時も
ちょっと落語みたいな粋な言い方をすれば
喧嘩にならなかったり、仲直り出来そうに思います。
そんな粋を小学生の時に分かるとは
「おぬし、やるのぉ~」v-221

  • 2007/01/26(金) 21:38:24 |
  • URL |
  • 酔いどれ天使 #UGbc5GmY
  • [ 編集 ]

良いですよね

落語というか江戸弁(江戸語)にはそういう言い回しもあったようです。
「火事とケンカは江戸の華」なんて言うくらい喧嘩っ早い江戸っ子でしたから自然とそういう言い回しが身についたのでしょう。

>「おぬし、やるのぉ~」
ハイ、遊郭もちゃんと知ってました。

  • 2007/01/27(土) 15:41:31 |
  • URL |
  • へいた #-
  • [ 編集 ]

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